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難攻不落の八王子城を攻める

わたしは昨年、城メグリストの萩原さちこさんの「日本100名城の魅力」「山城の魅力」という講座を受けて以来、城ファンになった。

 

そうした背景もあり、先日(11/25)、わたしが主宰する遊子会のメンバーが八王子城を案内してくれた。参加者は9人。

 

天高く、紅葉が鮮やかな申し分のない気候の中、標高460メートルの山頂(本丸)を目指し、標高230メートルの山麓から攻めた。

 

八王子城は日本100名城の一つ。小田原北条氏の最大規模の支城で、築城技術の到達点を示す城と評されている。

 

1587年頃、北条家の三代目氏康の三男氏照によって築城された山城である。

 

急峻な山道をひたすら登る。かなり足にこたえる。安土城や備中松山城も山城であるが、これらよりはるかに登るのに苦労する。

 

難攻不落と思われた八王子城であるが、1590年、小田原征伐の一環として、豊臣軍(上杉景勝、前田利家、真田昌幸ら)の部隊15千人に攻められ落城した。

 

このとき、北条軍は約3000人。城主の氏照以下家臣は、小田原本城に駆けつけていて不在だった。北条軍の内部の裏切りもあり、上杉軍が背後の搦め手から攻めることで八王子城は落城した。

 

この八王子城攻防戦を含む小田原征伐において、北条氏は敗北した。城主の北条氏照は兄の氏政とともに切腹した。かくして北条氏は滅亡した。


この話と関連して、
NHKの大河ドラマ「直虎」で活躍中の万千代(後の井伊直政)のこと。

彼は小田原征伐において、数ある武将の中で唯一夜襲をかけて小田原城内にまで攻め込んだ。
その功績で、箕輪城(高崎市)の主となり、徳川家康の家臣団の中で最高の12万石に封ぜられた。

 

なお、八王子城の近くに高尾山(標高600メートル)がある。ここはケーブルカーの高尾山駅が標高470メートルなので、山頂までの標高差は130メートルと登るのに楽である。

 

紅葉の季節には、高尾山には2万人程度の人が訪れる。山頂は人盛り。一方、八王子城はまばら。途中で会った人は20人程度。まさに穴場である。

写真はふもとの居館地区の虎口。見事な石段である。
DSC07143.jpg

 



【2017/11/27 12:25】 | 前に進もう | トラックバック(0) |


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